下請法改正~「取適法」のココだけ押さえて!ポイント解説
最終更新日:2025年12月12日
昨今の物価高騰、賃金引上げは、中小事業者にとって大幅なコスト増となり、経営に大きな打撃を与えています。
しかしながら、そのようなコスト増を十分に価格転嫁できず、苦しい経営状況に陥っている事業者が多数存在しているのが現状です。
そこで、適切な取引関係を定着させるため、従来の「下請法」ではカバーしきれなかった様々な課題に対応すべく、今回の法改正により「取適法」が施行されることとなりました。
これまで「下請法」の対象となっていなかった事業者が新たに対象となる可能性があるため、非常に注目されています。
そこで、今回のコラムでは、「取適法」のココだけは押さえて欲しい!
というポイントを解説します。
そもそも「下請法」とは?
「取適法」について解説する前に、従来の「下請法」が施行されるまでの背景について触れておきたいと思います。
「下請法」が施行される以前は、交渉力に大きな差がある事業者間の取引について、「独禁法」などの法律によって規制がおこなわれていました。
しかし、これらの法律では、違反の有無を判断するために個々の事案ごとに詳細な審査と認定手続きが必要でした。
そのため処理に長い時間がかかり、実質的には迅速な問題解決が難しいという課題がありました。
そこで、
- もっと簡易な手続きで
- 迅速に下請業者の保護し
- 取引上の問題を適切に解決するために
「取適法」と「下請法」の違い
本題に入ります。
「取適法」は、下請法から「何がどのように変更になったのか」
もっとも大事なポイントを確認していきましょう。
(1)「法律名称」の変更@i.element_text1>
| 下請法 | 取適法 |
|---|---|
| 下請代金支払遅延等防止法 | 製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律 |
従来の「下請代金支払遅延等防止法」は、改正により「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」へと名称が変更されました。これに伴い、法律名から「下請」という用語が外されました。
- 下請法⇒中小受託取引適正化法(取適法)
- 下請振興法⇒受託中小企業振興法(振興法)
- 親事業者⇒委託事業者
- 下請事業者⇒中小受託事業者
対等な立場で適正な取引関係を築いていくという目的をふまえると、「下請」という言葉が法律名称に含まれていたこと自体が、力関係の偏りを想起させる要因になっていたともいえるでしょう。
そのため、少し長い法律名称ではありますが、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に改正されました。
通称、「取適法」と覚えておきましょう!
(2)「取適法」が適用される基準に「従業員基準」が追加@i.element_text1>
| 下請法 | 取適法 |
|---|---|
| 資本金基準のみ | 資本金基準 + 従業員基準の追加 |
これまでは、「下請法」の適用対象となる事業者を判断する基準は「資本金基準」のみでした。
そのため、実質的には大規模な企業が委託事業者であっても、資本金基準だけでは対象外となるケースがあったほか、適用を避ける目的で意図的に資本金を低く設定する事業者が存在するなどの課題がありました。
そこで今回の法改正では、「資本金基準」に加えて「従業員基準」が新たに追加されました。これにより、資本金基準だけでは把握しきれなかった事業規模の大きい企業についても、適用対象に含められるよう整備されています(下記表を参照)。
(3)対象取引として「適用される取引」に「特定運送委託」が追加@i.element_text1>
| 下請法 | 取適法 |
|---|---|
|
|
対象となる取引に、新たに「特定運送委託」が追加されました。
これまでは、製造や販売のための商品・物品の納入・配送は「自社のために使用するサービスの委託」として扱われていたため、下請法の対象取引である「役務提供委託」には該当しませんでした。
その結果、発荷主から運送事業者への委託は下請法の対象外となり、立場の弱い運送事業者が無償で荷役・荷持ちをさせられているといった問題が生じていました。
「取適法」の対象として新たに「特定運送委託」が追加されることによって、物流業界における不公正な取引や商慣行の是正が期待されます。
(4)「義務」と「禁止」@i.element_text1>
取適法では上図のとおり「4つの義務項目」と「11の禁止項目」が定められています。
新たに追加された「禁止項目」としては、
- 協議に応じない一方的な代金決定の禁止
- 手形支払等の禁止
これまでも「買いたたきの禁止」など、立場の弱い受託事業者を不当に低い価格で取引させないための規制は存在していました。。
しかし実際には、
- 協議を要請しても無視される
- 回答を先伸ばしにされる
- 協議がおこなわれないまま価格が据え置かれる
こうした実態に加え、昨今の急激なコスト増により価格転嫁が難しいという事業者の深刻な悩みに対応するため、今回の改正では「価格交渉」そのものに法的メスが入りました。
協議に応じない行為を明確に違反と位置付けることで、対等な立場での価格交渉・取引の実現が図られています。
また、従来の下請法においても「60日以内に定めた支払期日までに下請代金を全額支払う義務」として「支払遅延の禁止」が課されていました。
しかし実態は、「手形等の支払い」によって下請業者が現金を受け取れるのは60日以内とはならず、下請け業者が資金繰りの負担を強いられるケースが常態化していました。
そこで今回の法改正では、「手形支払い等の禁止」が新たに追加されました。
手形については2026年度末に廃止されますが、電子記録債権やファクタリングなどの一括決済方式についても、支払期日までに金銭と引き換えることが困難なものは禁止されることが定められています。
(5)違反行為に対する執行体制の強化@i.element_text1>
立場の弱い受託事業者が、報復を恐れずに違反行為を申告できるようにするため、従来の申告先である「公正取引委員会・中小企業庁長官」に加えて「事業所管省庁」も新たに申告先として追加されました。
これまでは、報復行為(違反申告を理由に不利益な取り扱いをおこなうこと)の禁止に関して、事業所管省庁に与えられていたのは「調査権限のみ」でした。
しかし今回の法改正によって事業所管省庁に「指導・助言権限」が付与され、公正取引委員会・中小企業庁・事業所管省庁が連携する執行体制が整備されました。これにより、面的な執行が強化されることになります。
さらに、「報復措置の禁止」に対する執行力が強化されたことが広く周知されることで、違反行為に対する抑止効果も期待されます。
法改正に対する必要な対応・準備
本改正にて、「従業員基準」が設けられたことや「禁止行為の追加」、「執行体制の強化」がなされたことにより、これまでの「下請法」への対応から「取適法」へ対応するための確認と準備が必要となります。
(1)まずは、「取適法の対象」となる可能性を確認@i.element_text1>
特に、「従業員基準」については自社だけでなく、取引先が基準に該当するかどうかを確認する必要もあります。
また、事前の調査だけでなく、継続的な取引のなかで取引先の従業員数が変動し、新たに従業員基準に該当するケースも想定されます。
そのため、「継続的に従業員数を確認できる方法の検討」、「契約書の変更・修正等」の対応
といった準備が必要となるでしょう。
(2)資金繰り予測の検討@i.element_text1>
本改正において、「手形支払いの禁止」が追加されました。
これまでは手形の振り出しによって成り立っていた資金繰りは、今後はより厳しくなることが想定されます。
脱手形に伴う資金繰り改善は、事業の存続にも関わる重要な財務課題であり、適切な対策が求められます。
本改正に対応することによって自社の資金繰りがどのように変化するかを把握するためのツールとして、「資金繰り予測表の作成」は非常に有効です。
- 事業資金がショートする可能性はないか?
- ショートの可能性がある場合、それは何か月後か?
- 資金がショートする前に、どのような資金調達や対策が可能か?
こうした点を「資金繰り予測」を通じて早めに検討する必要があるでしょう。
(3)「取適法」の内容を入念に確認@i.element_text1>
これまでは、法律違反と知らずに事業を続けていても特に問題が表面化することないまま取引が進んでしまうケースが多かったと考えられます。
しかしながら、「取適法」では「違反行為に対する執行体制の強化」が図られており、この点は今後さらに厳格化されていくことが想定されます。
知らずに違反して通報を受ける、といった事態を避けるためにも、法改正がおこなわれるこの機会にしっかりと「取適法」の内容を確認しておくことが重要です。
まとめ
「取適法」の施行によって、これまで「下請法」の対象外であった事業者も適用対象となるケースがさらに拡充します。
また、取り締まりの強化により、法令遵守の流れは今後ますます強まっていくと考えられます。
これまで「下請法」への対応をおこなってきた委託事業者は、「取適法」で追加された禁止事項等について確認し、事前の準備・対策を講じることが必要です。
一方、これまで業界の商慣習や力関係に苦しんできた中小事業者にとっては、今回の法改正により適正な取引への改善が期待されます。
執筆者情報
エニィタイム行政書士事務所 代表 中村 充(行政書士)早稲田大学商学部卒業後大手通信会社に入社、法人営業や法務業務に携わる。2009年に行政書士資格を取得し、2017年、会社設立及び契約書作成に特化した事務所を開業。弁護士・司法書士・税理士・社会保険労務士等各種専門家との連携体制を構築し、企業活動のバックオフィス業務すべてのことをワンストップで対応できることも強み。
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行政書士KIC事務所 代表 岸 秀洋(行政書士・銀行融資診断士)
司法書士事務所での勤務を経て、2006年に行政書士試験に合格、2014年に行政書士登録開業する。司法書士事務所勤務時代から約100件以上の会社設立サポートを経験してきたなかで、単なる手続き業務にとどまらない伴走者としてのサポートをしていきたいと考えるようになる。事業計画・損益計画の作成から融資のサポートや資金繰り計画など財務支援までおこなうのが強み。
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