インボイスを正しく理解するための簡易課税制度入門
最終更新日:2023年11月30日
この記事では「簡易課税制度」の基礎知識およびインボイス制度との関連について解説します。
消費税の納税額を計算する際の2つの方法
消費税の納税義務がある課税業者は、自分で納税額を計算して税務署に支払う必要があります。
この、税務署に支払う消費税額については、原則として
売上に含まれる消費税額 - 仕入・経費に含まれる消費税額
という計算をします(この方法を「本則課税」といいます)。
この算式だけ見ると簡単にできそうな気がしますが、実際に計算するとなると大変な作業です。その理由は「仕入・経費に含まれる消費税額」を計算するには、受け取った請求書や領収書について
●10%
●軽減税率(8%)
●消費税対象外
のどれに該当するのか、1枚ずつ判断した上で記帳・集計しなければならないからです。
1枚ずつと書きましたが、もし1枚の請求書の中に複数の税率の商品やサービスなどが含まれている場合には、明細行ごとに判断しなければなりません。
消費税に精通した経理担当者がいれば対応できるかもしれませんが、中小零細企業や個人事業者にとっては大きな負担です。
こうした負担に配慮して
「もう少し簡単に納税額を計算できるようにしよう」
ということで用意されているのが簡易課税制度です。
そのため仕入や経費の請求書等についてひとつずつ税率を判定しなくても、消費税の納税額を計算できる制度になっています。
簡易課税制度の概要
簡易課税制度を利用できる事業者とは
簡単に消費税の納税額を計算できる簡易課税制度ですが、残念ながら誰でも使えるわけではありません。
簡易課税制度を利用できるのは
・2年前(法人の場合は2期前、以下「対象期間」)の消費税対象の売上高(税抜、ただし免税事業者の場合は税込)が5,000万円以下
・課税期間(年度)が始まる前に「消費税簡易課税制度選択届出書」(以下「届出書」)を税務署に提出
という3つの条件を満たす事業者に限られます。
「届出書」を提出して簡易課税を使う意思表示をする必要がありますので、「対象期間」の売上高が5,000万円以下となっても自動的に簡易課税制度が適用されるわけではありません。
その一方で、いったん「届出書」を提出すると、課税期間(年度)が始まる前に簡易課税をやめるための届出書を提出しない限り継続して簡易課税制度が適用されます。
また「届出書」を提出すると、事業を廃止した場合を除き最低2年間は簡易課税制度を使って計算しなければなりません。
「届出書」提出後の消費税納税額の計算方法は次のようになります。
「対象期間」の売上高 | 納税額の計算方法 |
---|---|
1,000万円以下 | 免税事業者(消費税はかからない) |
1,000万円超5,000万円以下 | 簡易課税による計算 |
5,000万円超 | 本則課税による計算 |
【注】1,000万円以上の棚卸資産や固定資産を購入した場合に「届出書」を提出できない期間があるなど、簡易課税制度の届出に関しては多くの特別なルールがあります。詳細は本記事の想定レベルを超えるため割愛しますが、消費税の制度はかなり複雑化しているため提出前に専門家に相談することを強くお勧めします。
簡易課税制度による納税額の計算方法
簡易課税制度が適用される課税期間(年度)においては、消費税の納税額は次のように計算します。
売上に含まれる消費税額 - 売上に含まれる消費税額×みなし仕入率
「みなし仕入率」は事業の種類ごとに次のように決まっています(国税庁タックスアンサーより抜粋)。
事業区分 | みなし仕入率 |
---|---|
第1種事業(卸売業) | 90% |
第2種事業 (小売業、農業・林業・漁業(飲食料品の譲渡に係る事業に限る)) | 80% |
第3種事業 (農業・林業・漁業(飲食料品の譲渡に係る事業を除く)、 鉱業、建設業、製造業、電気業、ガス業、熱供給業および水道業) | 70% |
第4種事業 (第1種事業、第2種事業、第3種事業、第5種事業 および第6種事業以外の事業) | 60% |
第5種事業 (運輸通信業、金融業および保険業、サービス業(飲食店業に該当するものを除く)) | 50% |
第6種事業(不動産業) | 40% |
つまり簡易課税制度を使えるのであれば
1.自社の事業が第1種事業から第6種事業のどれに該当するか確認
2.売上に含まれる消費税額を集計
という2つポイントさえ押さえれば消費税の納税額を計算できます。
※2つ以上の事業区分に該当する事業を営んでいる場合の計算方法については今回割愛します。
簡易課税制度を使うと消費税の還付を受けられない
多額の設備投資などをすると消費税が還付されることがあると聞いたことはありませんでしょうか?
多額の設備投資などがあった年において本則課税を使っているのであれば
売上に含まれる消費税額 - 仕入・経費に含まれる消費税額
の計算結果がマイナスとなった場合にはマイナス分が還付されます。
ところが、簡易課税では「仕入・経費に含まれる消費税額」は
売上に含まれる消費税額×みなし仕入率
で計算され、みなし仕入率は40~90%と決まっていますので、消費税の納税額がマイナスになることはありません。
そのため、簡易課税を適用した課税期間(年度)においては、どれだけ多額の設備投資などをしたとしても消費税の還付を受けることはできません。
簡易課税制度とインボイスの関係
インボイスをもらえないと消費税の納税額が増加する
取引先の要請に応じてインボイスを発行することにした事業者もあると思いますが、自社がインボイスを発行するかどうかは「売手」としての検討事項です。
インボイスを発行(=インボイス発行事業者として登録)することにした場合には、次に「買手」として検討すべき課題がでてきます。
それは、仕入や経費の取引先からインボイスをもらえるかどうかという問題です。
仮に自社の状況が
●年間売上:3,300万円(税込、すべて10%=消費税300万円を含む)
●年間仕入:1,100万円(税込、すべて10%=消費税100万円を含む)
●簡易課税制度を適用していない
とします。
この場合の消費税の納税額は、年間仕入について
◎すべてインボイスをもらえるケース → 300万円-100万円=200万円
◎まったくインボイスをもらえないケース → 300万円- 0万円=300万円
となり100万円もの差が生じます(インボイスがなくても80%等を控除できる経過措置は考慮しておりません)。
仕入・経費の取引先からインボイスをもらえるかにより、自社の納税額に大きな影響が出るのです。
簡易課税だと仕入先からのインボイスは不要
先ほどの計算例は簡易課税を適用しないケースでした。では、もし簡易課税を適用できるのであればどうでしょうか?
自社の事業が仮に第5種事業に該当するのであれば
◎すべてインボイスをもらえるケース →300万円-300万円×50%=150万円
◎まったくインボイスをもらえないケース →300万円-300万円×50%=150万円
となり、インボイスの有無にかかわらず消費税の納税額は同じです。
(今回の事例では簡易課税を使った方が本則課税よりも納税額が少なくなっていますが、必ずしも簡易課税が本則課税よりも有利になるわけではありませんのでご注意ください。)
この例からわかるように、簡易課税制度を使えば仕入や経費についてインボイスをもらえなくても納税額を計算する際に一定額の消費税を控除することができます。
売上先の要望によりインボイスを発行せざるを得ない事業者で
「仕入・経費の取引先からはインボイスをもらえそうにない」
「消費税の対象となる仕入・経費がほとんどない」
といった悩みがあるのであれば、簡易課税制度を利用することでインボイス制度による消費税額の増加をある程度抑えることができます。
このように、売上が5,000万円以下の事業者にとっては、インボイス制度への対応を検討する際に簡易課税制度への理解は欠かせません。
インボイス制度に適切に対応するためにもぜひ簡易課税制度を理解しておきましょう。
なお、本記事は2022年12月16日に与党が公表した令和5年度税制改正大綱の内容については反映しておりませんのでその点ご注意ください。
執筆者情報
加藤博己税理士事務所 所長 加藤博己(税理士・ファイナンシャルプランナー)税理士でありながらその枠にとどまらず、中小企業や個人事業主の経理業務の効率化をわかりやすく指導する専門家。中小企業の経営者が経理業務に苦戦する姿を見て、今後の中小企業の発展にはIT面からのサポートも欠かせないと考え、クラウド会計の導入やITを活用した顧問先業務の効率化を推進中。
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